地域シンポジウムをコーディネートして 地域メディエーター 半谷輝己

1.地域メディエーターとしてのこれまでの活動

地域メディエーターとして、主に伊達市にて2012年3月からの2年間に約200回の放射線健康講話と約100回の放射線相談窓口や家庭訪問を自治体の保健師と行って来た。 これらの活動は、市民との対話を重視し、それぞれの感情を大切にした上で地域資源や外部の支援者を活用したものであり、地域での様々な課題の解決を模索してきた。
この手法の特徴を捉えるものとして、自身を地域メディエーターと称している。この活動は原発事故後の田村市での市民集会開催などに遡ることができるものであり、 伊達市での活動はそれまでの経験をいかしている。
伊達市行政による個人線量計による外部被ばく実態調査、食品の放射能検査やホールボディカウンターによる内部被ばくの 実態調査を市民の疑問に答える材料として活用する取り組みは、市民に受け入れられてきたと考えられる1)。 地域での放射線講話は行政主導ではなく、地域住民の口コミにより行政側に要望が寄せられ広がった。

2.甲状腺検査を巡る県民の困惑

一方、これらの活動で課題として浮き彫りになってきたのが、県民健康調査での甲状腺検査である。甲状腺超音波検査に対して、 多くの保護者から不安の声が寄せられ続けている。その原因の一つとして、検査を受ける側が検査の実情をよく理解していないまま検査を受け、 検査結果が届いてから初めて驚くことになっていることが考えられる。つまり、検査の位置づけや検査結果が理解できないまま不安の中に陥ってしまっているのではないかと推測した。
甲状腺検査開始時の混乱は、結果通知文の不親切さによってもたらされたとされてきた。例えば、A2判定の場合には当初、『小さな結節(しこり)や嚢胞(のうほう) (液体が入っている袋のようなもの)がありますが、2次検査の必要はありません』と通知され、裏面の説明は、『「A2」は5ミリ以下のしこりか20ミリ以下の嚢胞(以下のう胞) があった場合。2次検査が必要なのは、それを超える大きさがあった場合』とだけ書かれており、そもそも、結節があったのか嚢胞があったのかも示されていなかった。
結果の通知文はその後大幅に改善されたが、県民の疑念は続いていると考えられる。一例として、第15回「県民健康調査」検討委員会(平成26年5月19日開催)の51名のがん摘出手術者の数から、 「やっぱり福島県民は被ばくしていて、放射線被ばくが原因で甲状腺がんになった」と考える方は多いことが指摘でき、先行調査は甲状腺がん罹患率のベースライン調査を目的としている県の説明が信頼されていないと言えるだろう。 さらに、この検討委員会では、調査の位置づけやそのものやがんと診断された方のフォローアップのあり方に関して議論がかみ合わない面があり、この検討会が福島県民へ不安感を招きかねないとの意見も見受けられた。
検討委員会を受けて平成26年7月23日の福島民友に甲状腺検査がもたらすかもしれない過剰診断を取り上げた記事も掲載され、甲状腺検査の難しさが改めて浮き彫りになっている。この問題はやっかいな難題である。 過剰診断を指摘する議論は、検査を受けることでの不利益にも着目するものである。しかし、原発事故に由来した放射線によりもたらされたかもしれない甲状腺がんによる不利益を最小限に抑えたいとする極めて自然な考え方からは、 大切な検査の価値を貶めるものとして強い反発を招きかねず、その主張の背景へも疑念が広がることが考えられる。
先行調査の位置づけも、それが全数調査であることからも、放射線の影響をできるだけ早く検出することを目指していると捉えるのが自然な面があるだろう。 また、これまで見つかったがんはスクリーニング効果であるとの説明は県民に対して説得力を持つものとはなっていない。
著者は、このような混沌の状況を懸念し、1年以上前の平成25年2月4日に「甲状腺がん検診のリスクのお知らせ」として、たむらと子どもたちの未来を 考える会AFTCのHPに掲載していた2)。 このような中、チェルノブイリ組織バンク所長のジェリー・トーマス氏が福島県を訪問するとの話があり、彼女が県民に貢献できる場を設定できないかとの打診があったため、困難な課題である甲状腺検査の問題を真正面から捉えるシンポジウムを企画し、これに貢献して頂くこととした。

3.地域シンポジウムの目的と目的達成のためのコーディネート

ⅰ)目的

福島県民の疑問に向き合い、何ができるかを意見や立場の違いを超えてみんなで考えることを目的とした。対立だけでは、社会の問題を解決するのは困難であることから福島県立医科大学や福島県保健福祉部県民健康調査課の取り組みを支援することを目指すものとした。 また、議論を開いたものとするために、メディアの方々にも参加を求め、彼らの様々な工夫によってこのシンポジウムのことを多くの人に知っていただけることも目指した。

ⅱ)開催地

シンポジウム開催地を交通の便が良い都市部では無く、あえて不便な山間部を選択した。
伊達市霊山町の廃校を活用した施設であるりょうぜん里山がっこうを会場とすることで、山間部の住人のみなさんのご意見が得られることとを期待した。 りょうぜん里山がっこうは、これまで保養活動など放射線対策を推進されており、意見の多様性を確保することも目指した。
それだけではなく、場所と施設の選定が個性的でかつテレビや写真の画像が背景も含めて魅力的であることから、多くのマスコミの取材を期待した。これを受けて、 シンポジウム名も地域シンポジウムとした。地域の方々の手作りの歓迎セレモニーをシンポジウムの前後に開催し、シンポジウムだけではなく全体としても楽しめるイベントになるようにした。

ⅲ)パネリスト

パネリストは、以下の7名とした。
インペリアル大学分子病理学部長
チェルノブイリ組織バンク所長
ジェリー・トーマス
東京慈恵会医科大学分子疫学研究室・教授浦島充佳
相馬中央病院内科診療科長越智小枝
原子力改革監視委員会副委員長バーバラ・ジャッジ
地域住民伊達市霊山町にお住まいのご夫婦
地域メディエーター半谷輝己
「県民健康調査」検討委員会の議論への貢献を踏まえて、専門家は公衆衛生を学ばれた医師とした。偶然、参加する両人ともトーマス氏が所属する英国インペリアル・カレッジにゆかりがあり、このため調整も僅かで意思疎通が実現できた。
浦島氏は、伊達市に隣接する桑折町の放射線アドバイザーを務めかつ小児科医でもあるため分かり易い説明に長けていることから甲状腺がん関係の全般の解説をお願いした。 越智氏は災害公衆衛生も学ばれていることから、地域で診療に従事されている立場としての発言をお願いした。地域メディエーターと専門家の事前ミーティングは6時間を超えるほど密に行った。 原子力改革監視委員会副委員長 バーバラ・ジャッジ氏のオブザーバーとしての参加は、世界的に著名な方が伊達市霊山町の山間部に位置する、りょうぜん里山がっこうをご訪問して頂けるという理由により、 霊山町のみなさんから極めて好意的に受け取られ、国際色を交えた地域シンポジウムとなった。結果として、男女3名ずつのパネラーによるシンポジウムになった。
地域代表は、ご夫婦での参加を強くお願いし承諾して頂いた。事前インタビューで、甲状腺検査の受診の可否やがんの摘出手術の時期の問題では、夫婦間でも意見の相違が多く認められたので、それらの意見の違いを大切に扱いたかったからである。 地域メディエーターとこのご夫婦の事前ミーティングは30分程度とし、シンポジウムはでは自由にご発言できることを約束した。
シンポジウム本番では、専門用語や福島の方言の通訳と傍聴席とパネリストを繋ぎ、赤青カードを使用し参加者の意見の多様性を確認するなどの会場の空気つくりを地域メディエーターが担った。

ⅳ)着地点

専門家からの一方通行の問題提起で終わらせない様に、重要な論点を次に繋がるように議論を進め、会場からの意見も踏まえて、課題として2つから3つの事項を提示することを目指した。

ⅴ)利益相反情報と主催団体

主催団体は地域メディエーターが所属している市民団体の家族のリスクマネジメント勉強会とした。また、利益相反情報は告知案内サイトやシンポジウムの最初にきちんと告知した。

ⅵ)タイトル

『地域シンポジウム(福島県伊達市霊山町から)
チェルノブイリ組織バンク所長のジェリー・トーマス先生と対話してみよう!
「甲状腺検査ってなんですか」
主催団体 家族のリスクマネジメント勉強会』
とした。

4.地域シンポジウムの要約

▼ 地域シンポジウムで使用されたスライド
ⅰ)地域メディエーターより、シンポジウムの位置付けを説明し、原発事故の3年半の経緯とその間の福島県民の気持ちの揺れ動きを振り返った。 メインテーマである甲状腺検査に関して検査を受けることを否定しない(むしろ検査を受けることを推奨する)、検査に疑問を抱くことを否定しない(むしろ素朴な疑問を大切にする)の2点を強調し、福島県民の意見が聞こえてこない理由として、事故後せめて子供だけでも避難させて欲しいという子を持つ多くの福島県民の訴えの回答が学校再開だったという事故直後の3月末の事実を示し、声が届かない悔しさと諦めが始まったのではないかと会場に問いかけた。
次に、浦島氏より、甲状腺がんは慌てて摘出手術をする必要が無い一般のがんとは異なる点など、詳しく甲状腺検査や甲状腺がんの解説をして頂けた。加えて福島県立医大のデータではがん摘出手術の割合が3年間が経過する中で大幅に減少していることをグラフにて提示された。会場では、県立医大による説明の方法が変化していることを物語るものではないかとの仮説が提示されたが、このようなデータをどう解釈すべきであるのかも県民に提示されるべきではないだろうか。
トーマス氏からは、チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故との相違点と現在まで見つかっている甲状腺がんは放射線を原因とするものではなく、元来あったものであると考えられることの根拠を解説して頂いた。また、霊山町のご夫妻からは、理系の大学で学んだ自分でさえも土壌などからの外部被ばくや食品などの内部被ばくとは違って、甲状腺がんに関する情報を理解することの難しさがあったこと、事故後、放射線と向き合って頑張って来た近隣の友人夫妻が甲状腺検査でA2と判定されたことを受けて子どもへの被ばくを避けるため、他県へ避難してしまった事例の紹介があり、判断できる情報の乏しさの訴えがあった。
越智氏からは、得ている情報の量と質の違いで検査や検査結果に対する認識に違いが生じうることを、医師でさえも間違えてしまった事例を交え説明があり、地域住民の意見として、放射線被害の賠償金を受けるために5年間検査を受けさせないと言う(ベースライン調査にバイアスをもたらしたくないという思いに基づく)、ある意味本音に近い事例を紹介して頂けた。
ⅱ)パネリストの意見が一巡したことで、会場の傍聴席に集まられた約30名のみなさんに、お隣同士での5分間の意見交換の提案が地域メディエーターによりあった。このことで会場は、一気に賑やかになり、それぞれがご意見を持っていることが確認された。各人には、赤青カードが配られて、パネリストからの質問に対して簡単に意思表示し、その結果を参加者で確認できるようにした。
甲状腺検査は、先行調査と本格調査に分かれています。先行調査は、本格調査で甲状腺がんが増えたかどうかを調べるために、ベースラインを知るためのものとされています。この説明に納得できますか?
この検査では、甲状腺がんの死亡を避けることのみが重要だと思いますか?それとも原発事故の影響で甲状腺がんが増えたかどうかも科学的に判定できるようにすべきだと思いますか?
甲状腺超音波検査を受ける前に、検査を受けることでもたらされるかもしれない不利益についても説明が必要だと思いますか?

結論

  • 先行調査がベースライン調査だったということが後から分かった。
    調査の目的自体がきちんと告知されておらず、理解されていない。
  • 検査を受けることによる利益、不利益を事前に伝えるべきだ。
以上の2つを今回の地域シンポジウムの結論とした所、傍聴席から専門用語による極めて分かりにくい説明に対して専門家へ改善を求める苦言を含めてシンポジウムの成果のまとめとも思える発言も飛び出し、会場内は拍手でこれを歓迎した。この発言を受けて、 トーマス氏より、健康と言う身近な問題を簡単な言葉で伝えることが出来ない専門家を代表して自ら反省の弁が示され、このシンポジウムの結論を、翌日に福島県立医科大学を訪問し県立医大関係者に伝えることを約束した。
もっとも、甲状腺検査や甲状腺がんの勉強会のツールとして、県立医大放射線医学県民健康管理センターの「甲状腺検査」出張説明会を紹介したところ、会場の参加者もパネリストの誰も知らないという、今回の結論そのものがあったことも再確認ができた。

5.地域シンポジウムを終えて

交通の便の悪いところで開催したために、甲状腺がんの問題を真剣に考え意見を言いたい方と地域の声を伝えたい方が集まったようだ。同時に、大手新聞社2社(朝日、毎日)、地元新聞社2社(福島民友、福島民報)、テレビ局1社(NHK福島)、 その他のジャーナリスト1名とメディア関係者にも参加いただいた。翌日の昼のローカルニュースでも、シンポジウムの様子は放送され、多くの福島県民への情報提供が実現できた。
また、これまでの多くのシンポジウムに見られるようなパネリストが一方的に情報発信をする形や会場から罵声が飛ぶような雰囲気とはならずに、会場に集まった全員が議論に参加し活気あるシンポジウムが出来た。 特質すべきは、傍聴席とパネリストの議論以外に傍聴席の参加者同士が議論し合う時間が機能したことが素晴らしかったと言える。このことは、シンポジウム中に参加者が専門家の解説を理解できた証拠であり、さらにそれを元に、 自分たちが何をどうすべきかを議論したことになる。このことが今回のシンポジウムの最大の成果と言えるだろう。このようなコンパクトで地道で、さらにローカルな場所でのシンポジウムの積み重ねが福島県民を力づけていくことに繋がるのだろうと思える。
このシンポジウムの開催に当たり、霊山太鼓の子どもたち、里山合唱団のみなさん、そして、りょうぜん里山がっこうの高野ご夫妻には多大なご協力を頂き感謝いたします。ありがとうございました。

6.地域シンポジウムの様子

▼ 地域シンポジウムで使用されたスライド
▼ Youtube - 地域シンポジウム「甲状腺検査ってなんですか」
▼ Youtube - インペリアル・カレッジ・ロンドン分子病理学 ジェリー・トーマス教授

7.リンク